Masuk迷宮の重厚な石扉を押し開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に苔むした階段がある。そこを降りて行くと、迷路の様に複雑に入り組んだ巨大な階層へと到達した。カリナが魔法で灯りを灯す。
VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には広大な地底湖が広がっていて、安全地帯として調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある『死者の間』には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。
ゲームの頃にはただのフレーバーテキストに過ぎなかったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの密かな目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。
一行が迷宮を進んで行くと、前方から腐った肉の匂いと共に、悍ましい魔物の気配が近づいて来た。
「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」
ロックが鼻をつまみながらそう言って、二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて、その様子を遠巻きに眺めていた。
「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」
「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」
「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない。それに……臭い」
現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は想像を絶するものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この吐き気を催す悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。
それにこのまま素直に正攻法でちまちまと攻略していては時間がかなりかかりそうだ。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。
その場で両手を広げ、足元に幾何学模様の魔法陣を展開させる。魔力を高め、厳かに詠唱の祝詞を唱える。
「――遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ。
魂を選定し、戦場を駆ける高潔なる戦乙女よ 煉獄の炎を纏い、不浄なる魂を浄化せよ!」重ねた魔法陣が前方へと滑るように移動し、そこから眩い光と共に、白いロングスカートに黄金の全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。
「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」
戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も、初めて見る高位召喚魔法の輝きと、その召喚体の神々しい美しさに目を奪われている。
「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」
「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なものなのでしょうか?」
恭しく跪いて頭を垂れる、その燃える様な赤いロングヘアーをした美しい女性に、カリナ以外の一同は言葉が出ない。全身から湧き出す圧倒的なオーラから、この女性が只者ではない凄まじい力を秘めていることだけは理解できる。
「ここは死者の迷宮と言って、まあ感じる通りアンデッドまみれで臭い。そこでヒルダ、お前の炎の剣で此処から7層までの全ての敵を掃討して欲しい。一匹残らず、全てを灰にしてくれ」
「畏まりました。このヒルダにお任せ下さい」
一礼をすると同時に、ヒルダは背中の翼を広げて飛び出した。それはまさに閃光だった。途轍もないスピードで迷宮内を縦横無尽に飛び回り、抜いた炎の剣が一閃するたびに、通路を埋め尽くしていたアンデッドたちが紅蓮の炎に包まれ、瞬時に灰へと変わっていく。断末魔すら許さぬ神速の浄化。7層までの全ての敵をあっという間に掃討してしまった。数刻程で帰還した彼女は、息一つ乱さず再びカリナの前に跪いて頭を下げた。
「討伐完了致しました。これで7層までの道のりには何の障害もございません」
「ありがとう、ヒルダ。ご苦労だった。また近い内に喚ぶかもしれない。その時はまた頼むぞ、休むがいい」
カリナが礼を言うと、ヒルダは顔を上げて凛とした笑顔を見せ、光の粒子となって消えていった。一連の流れを見ていた他のメンバーは驚き、次の瞬間には歓声を上げた。
「す、すげえー!」
「ええ、凄いわ! これがカリナちゃんの召喚術なのね!」
「ああ……、これほどまでとは。驚いたな。あんな速度で全ての魔物を討伐してしまうとは……。お嬢ちゃんは本当に凄腕の召喚士なのだな」
ロックにエリア、アベルが次々に称賛の声を上げる。
「召喚士の凄さを分かってくれて良かったよ。まあ、あのワルキューレはちょっと別次元の実力だけどな」
これまで散々絶滅危惧種などと言われて来た召喚士の力を見せつけることができて、カリナは嬉しくなり、ふふんと鼻を鳴らした。
「どうだ、ヤコフ。召喚術は凄いだろう?」
「うん、あの綺麗なお姉ちゃん凄かったね。あんな人を使役できるなんて、カリナお姉ちゃんは凄いよ!」
ヤコフも興奮気味に声を上げた。カリナはますます得意げになり、胸を張った。
「それにしても、こんなに小さくて可愛いのにとんでもない召喚士だし、エデンの任務をやっているとか言うし、カリナちゃんは一体何者なの?」
セレナがずっと気になっていたことを聞いて来た。まあ、この者達なら信用が置けるだろうとカリナは思ったため、少しは話しても構わないかと思った。それでも大半は嘘になるのだが。
「お前達はエデンのカーズ王国騎士団長を知っているか? 私は彼の妹だ。カシュー王とも顔馴染みでな。行方不明の兄に代わって色々と王国の任務を担っているところなんだよ」
「ええっ? あのカーズ騎士団長様? 勇猛果敢で有名な高名な
セレナが驚きの声を上げる。一同も「そうだったのか」と相槌を打ち、「なるほど、それなら納得だ」と頷いている。
「カーズ騎士団長様はエデン傘下のこのチェスターの街でも有名人だ。俺も彼の様な勇猛な戦士に憧れている」
「俺も好きだぜ、カーズ様。王国の防衛なんかで何度も活躍してる人だからな」
「それに彼は剣技も素晴らしい腕前だったって聞くわ。会ったことはないけど、私も憧れの人物よ」
アベルにロック、エリアも次々と賛辞の言葉を述べる。それは本当はカリナ自身のことなのだが、こうも面と向かって褒められると赤面してしまう。余りの気恥ずかしさに顔が真っ赤になったカリナはふいっと顔を逸らした。それを見逃さなかったセレナがここぞとばかりに口を開く。
「カリナちゃん顔が赤くなってる。可愛いわぁー」
「う、うるさいな。そこまで褒められるとさすがに兄のこととは言え恥ずかしくもなる」
「それにしてもカーズ様の妹で凄腕の召喚士、魔法剣士で格闘もできるなんて。しかもこんなに可愛いとか、天は二物も三物も与え過ぎよ。羨ましい……。ああ、私もそういう繋がりがあったらあの災害級の魔法使いエクリア様にも会えるかもしれないのになぁ」
セレナはあのエクリアに憧れているのかと知ったカリナは、微妙な表情になった。生粋のネカマである。だが可愛いもの好きなところは通じるところがあるのかもしれないとは思った。でもこの二人がコンビを組んだらきっと面倒臭いことになるとも思ってしまった。
「あー、エクリアはやめておいた方がいい。きっと後悔する」
「ええー? どういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。……さて、時間を無駄にするわけにもいかない。先を急ごう。ヤコフの両親の安否も気になる」
一同はそうだったと思い直し、先を急ぐことにした。魔物がいなくなった通路を歩く。至る所に砂の様に灰になった魔物の亡骸が積み上がっている。その中に魔法石が光る度に、ロックが喜んで拾っていたが、無駄に時間がかかるので、エリアに注意されていた。
◆◆◆ 7層に到達したが、何の気配も感じない。カリナの探知にも何の生体反応も引っ掛からない。この層の下には地底湖が広がっているだけである。しかし、ここまで来たらそこも探索しなければなるまいと、カリナは思った。それにもし高位の悪魔なら探知に反応しないように気配を消しているのかもしれない。「さて、この下には地底湖が広がっているだけだが……。今のところ何の発見もないな」
行き詰まったアベルが溜息交じりに言う。それを聞いたヤコフの顔が暗くなる。
「お父さん、お母さん……。どこにいるんだろう」
「大丈夫よ。まだ下の地底湖があるから。そこまで行ってみましょう」
エリアがそう言ったが、ここまで来るのに多少の疲労もある。それにカリナにはこの7層にある祭壇の様になっている死者の間に用事もあった。
「とりあえず、ここで少し休憩しよう。もしかしたら下に何かがあるかもしれない。私は少し用がある。お前達はそこで休んでいてくれ」
そう言って、カリナは死者の間の祭壇へと駆けて行った。
「わかったわ、できれば早めに戻って来てね」
「ああ、すぐ戻る」
エリアにそう答えて、祭壇の階段を駆け上がる。マップを展開すると、近くにトイレが設置されている。もしもの場合のために用を足しておくかと、通路の脇に設置されている小部屋に入った。そこには和式の便器が一つだけあった。なぜファンタジー世界に和式があるのかは謎だが、用を足せるなら文句はない。この姿で和式は初めてだが、仕方ない。下着を脱いでしゃがみ込んだ。
「我慢がまんガマン……」
そう唱えながら、ちょろちょろと流れる小便が収まるのを待った。アイテムボックスからティッシュを出して拭き、何故か迷宮内にもちゃんと備えられている洗面所で手を洗った。
「ふぅ、いい加減慣れないといけないな……」
気持ちを切り替えて通路に戻り、死者の間の重い扉を開ける。
部屋の中央、祭壇の一番奥にある巨大な鏡の前に立った。果たして会えるのだろうか? この現実となっているVAOの世界の中で、現実世界の中で失った大切な人に……。
「……やはりだめなのか」
鏡は沈黙したままだ。そう諦めかけたその時、鏡面が淡く輝き始める。そしてそこにはカリナが
「え? ナギ君……、なの?」
鏡の中の女性が口を開く。懐かしい声。だが、よく見るとその女性は現実世界での記憶の姿とは少々異なっていた。赤茶色だったロングヘアは銀髪で、着ている服はまるで中世世界の王族や貴族のそれの様で華やかなものだった。
「あ、
涙が止めどなく頬を伝う。最後に会いに行ったときはもう手遅れだった。プロになって迎えに行くと言って、結局怪我で約束を果たせなかった悔しさや無念さが、後悔と共に込み上げて来る。
「何泣いてるの? ふふ、もう、本当に泣き虫なんだから。私は元気だよ。女神様に別の世界に転生させてもらったの。今はこれでも、とある王国の第二王女なんだよ」
「何だよ、それ……。まるでおとぎ話みたいじゃないか」
「そうだね……。でもゲームの世界に閉じ込められるのもおとぎ話みたいだよ」
「はは、そうかもな。……でも、別の世界でも元気そうで良かった」
「うん、ナギ君のこともその女神様は探してるみたいなことを言ってたよ。だからもしかしたら……、こっちの世界で会えるかもしれないよ。だから、もう泣かないで。私まで悲しくなってくるよ」
「そっか、俺のことも探してるのか……。だったらいつか会えるのかも知れないな。でも、元気そうで良かった。もう体調は悪くないのか?」
「ああ、そっちの世界では因果が正しく回っていないんだね。私はもう大丈夫、元気だよ。きっとナギ君がトラブルに巻き込まれるのも因果が正しく巡っていないからだと思う。って私が言えるのはこれくらいだけど、また会えるといいね」
「因果……? まあ、何のことかはわからないけど、ゲームの中に入ることだってできたんだ。いつかきっとその女神を見つけてそっちに行ってみせるよ。だから、それまで元気で」
「うん、少しの間でも話せて嬉しかったよ。そしてあの世界で私のことを大切にしてくれてありがとう。ずっと大好きだったよ。じゃあ、いつかまた会えるのを楽しみにずっと待ってるから……」
「ああ、それまで、待っててくれ。さよならだ、彩」
光が消えると同時に彼女の姿も消えた。 失った人、彩は別の異世界で元気に暮らしている。そしてその転生させた女神は自分を探している。だったら自分でもその女神を探さなくてはならない。でもどうやって探せばいいのかわからない。今の自分はゲームの世界に囚われている存在に過ぎない。
だったら、多くの任務をこなすことや人々を助けることが、この世界から抜け出すことに、あるいは女神に近づくことに繋がるかもしれない。そして暗躍する悪魔共。奴らが何かの鍵を握っている可能性もある。
カリナは涙を拭いて、パンパンと両頬を叩き、気持ちを切り替えた。
大切な人との再会は叶った。次はヤコフの両親を救い出す番だ。ふっ、と息を吐き、気合を入れ直したカリナは、エリア達が休憩している7層、地底湖への入口付近まで力強く引き返すのだった。
「うわぁ、凄い流れですにゃ。落ちたら溺れるにゃ」「泳いでいくしかなさそうだな。だが……」 カリナは自身の服――メイド隊が丹精込めて作った猫耳フードのローブを見た。この激流に服を着たまま飛び込めば、水の抵抗で動きが鈍るし、何よりこの服が台無しになってしまう。ルナフレアは「側付き」としてカリナに尽くしてくれているが、その愛が重い分、服を粗末に扱うと後が怖い気がする。「脱ぐぞ、隊員」「へ? ここでですかにゃ?」「ああ。濡れた服は重りになる。それに服をダメにしたらルナフレアに何を言われるか分からん」 カリナは躊躇なくローブとインナーを脱ぎ捨て、全裸になると、それらを素早く畳んでアイテムボックスに放り込んだ。隊員も自分の装備をしまう。「しっかり掴まってろよ!」「はいにゃ!」 カリナは裸のまま隊員を胸に抱くと、助走をつけて暗い水面へと躍り出た。 バッシャァァンッ!! 突き刺すような冷たさが全身を包む。流れは速いが、カリナの身体能力ならば制御不能というほどではない。彼女は水流に身を任せつつ、出口を目指して激流に流され続けた。 ◆◆◆ 数十分後。暗い水路の先に光が見え、カリナ達は勢いよく外の世界へと吐き出された。 ザバァァァッ! 顔を出したのは、世界樹の森の一角にある静かな泉だった。結界の外に出たようだ。カリナは浅瀬に上がり、濡れた髪をかき上げた。太陽の光が濡れた肢体を照らし、水滴が真珠のように白い肌を滑り落ちる。「ぷはぁ、冷たかったな。風邪を引く前に拭かないと」 アイテムボックスからバスタオルを取り出し、隊員と自分の水気を拭き取っていると――不意に背後の茂みが揺れ、人の気配がした。「……誰だ」 カリナはタオルで身体を拭きつつ、鋭い視線を向ける。そこに立っていたのは、深緑のローブを目深に被り、顔を隠した男だった。男は一瞬息を呑み、呆然とカリナを見つめていたが、やがて低い声で尋ねてきた。「……お前は、精霊か?」 森の奥深く、清らかな泉に佇む全裸の美少女。その神秘的な光景に、男は人ならざるものを見たような錯覚を覚えたようだった。だが、カリナは冷静に首を横に振る。「いや、私は冒険者だ」「隊長は最強の召喚士にゃ、控えおろうにゃ」「……そうか。すまない、あまりにも精霊のように美しかったもので、見間違えたようだ」 男はフードの下でバツが悪
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。 その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。 カシュー王が威厳のある声で告げる。「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」「ははっ、身に余る光栄にございます」 リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」 カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」「はい! 肝に銘じます、師匠!」「だから師匠はやめろと言っただろう」 カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」 リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。 カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」「はっ!」 玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。 こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。 その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。 カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。「これ







