ログイン迷宮の重厚な石扉を押し開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に苔むした階段がある。そこを降りて行くと、迷路の様に複雑に入り組んだ巨大な階層へと到達した。カリナが魔法で灯りを灯す。
VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には広大な地底湖が広がっていて、安全地帯として調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある『死者の間』には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。
ゲームの頃にはただのフレーバーテキストに過ぎなかったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの密かな目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。
一行が迷宮を進んで行くと、前方から腐った肉の匂いと共に、悍ましい魔物の気配が近づいて来た。
「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」
ロックが鼻をつまみながらそう言って、二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて、その様子を遠巻きに眺めていた。
「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」
「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」
「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない。それに……臭い」
現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は想像を絶するものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この吐き気を催す悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。
それにこのまま素直に正攻法でちまちまと攻略していては時間がかなりかかりそうだ。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。
その場で両手を広げ、足元に幾何学模様の魔法陣を展開させる。魔力を高め、厳かに詠唱の祝詞を唱える。
「――遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ。
魂を選定し、戦場を駆ける高潔なる戦乙女よ 煉獄の炎を纏い、不浄なる魂を浄化せよ!」重ねた魔法陣が前方へと滑るように移動し、そこから眩い光と共に、白いロングスカートに黄金の全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。
「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」
戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も、初めて見る高位召喚魔法の輝きと、その召喚体の神々しい美しさに目を奪われている。
「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」
「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なものなのでしょうか?」
恭しく跪いて頭を垂れる、その燃える様な赤いロングヘアーをした美しい女性に、カリナ以外の一同は言葉が出ない。全身から湧き出す圧倒的なオーラから、この女性が只者ではない凄まじい力を秘めていることだけは理解できる。
「ここは死者の迷宮と言って、まあ感じる通りアンデッドまみれで臭い。そこでヒルダ、お前の炎の剣で此処から7層までの全ての敵を掃討して欲しい。一匹残らず、全てを灰にしてくれ」
「畏まりました。このヒルダにお任せ下さい」
一礼をすると同時に、ヒルダは背中の翼を広げて飛び出した。それはまさに閃光だった。途轍もないスピードで迷宮内を縦横無尽に飛び回り、抜いた炎の剣が一閃するたびに、通路を埋め尽くしていたアンデッドたちが紅蓮の炎に包まれ、瞬時に灰へと変わっていく。断末魔すら許さぬ神速の浄化。7層までの全ての敵をあっという間に掃討してしまった。数刻程で帰還した彼女は、息一つ乱さず再びカリナの前に跪いて頭を下げた。
「討伐完了致しました。これで7層までの道のりには何の障害もございません」
「ありがとう、ヒルダ。ご苦労だった。また近い内に喚ぶかもしれない。その時はまた頼むぞ、休むがいい」
カリナが礼を言うと、ヒルダは顔を上げて凛とした笑顔を見せ、光の粒子となって消えていった。一連の流れを見ていた他のメンバーは驚き、次の瞬間には歓声を上げた。
「す、すげえー!」
「ええ、凄いわ! これがカリナちゃんの召喚術なのね!」
「ああ……、これほどまでとは。驚いたな。あんな速度で全ての魔物を討伐してしまうとは……。お嬢ちゃんは本当に凄腕の召喚士なのだな」
ロックにエリア、アベルが次々に称賛の声を上げる。
「召喚士の凄さを分かってくれて良かったよ。まあ、あのワルキューレはちょっと別次元の実力だけどな」
これまで散々絶滅危惧種などと言われて来た召喚士の力を見せつけることができて、カリナは嬉しくなり、ふふんと鼻を鳴らした。
「どうだ、ヤコフ。召喚術は凄いだろう?」
「うん、あの綺麗なお姉ちゃん凄かったね。あんな人を使役できるなんて、カリナお姉ちゃんは凄いよ!」
ヤコフも興奮気味に声を上げた。カリナはますます得意げになり、胸を張った。
「それにしても、こんなに小さくて可愛いのにとんでもない召喚士だし、エデンの任務をやっているとか言うし、カリナちゃんは一体何者なの?」
セレナがずっと気になっていたことを聞いて来た。まあ、この者達なら信用が置けるだろうとカリナは思ったため、少しは話しても構わないかと思った。それでも大半は嘘になるのだが。
「お前達はエデンのカーズ王国騎士団長を知っているか? 私は彼の妹だ。カシュー王とも顔馴染みでな。行方不明の兄に代わって色々と王国の任務を担っているところなんだよ」
「ええっ? あのカーズ騎士団長様? 勇猛果敢で有名な高名な
セレナが驚きの声を上げる。一同も「そうだったのか」と相槌を打ち、「なるほど、それなら納得だ」と頷いている。
「カーズ騎士団長様はエデン傘下のこのチェスターの街でも有名人だ。俺も彼の様な勇猛な戦士に憧れている」
「俺も好きだぜ、カーズ様。王国の防衛なんかで何度も活躍してる人だからな」
「それに彼は剣技も素晴らしい腕前だったって聞くわ。会ったことはないけど、私も憧れの人物よ」
アベルにロック、エリアも次々と賛辞の言葉を述べる。それは本当はカリナ自身のことなのだが、こうも面と向かって褒められると赤面してしまう。余りの気恥ずかしさに顔が真っ赤になったカリナはふいっと顔を逸らした。それを見逃さなかったセレナがここぞとばかりに口を開く。
「カリナちゃん顔が赤くなってる。可愛いわぁー」
「う、うるさいな。そこまで褒められるとさすがに兄のこととは言え恥ずかしくもなる」
「それにしてもカーズ様の妹で凄腕の召喚士、魔法剣士で格闘もできるなんて。しかもこんなに可愛いとか、天は二物も三物も与え過ぎよ。羨ましい……。ああ、私もそういう繋がりがあったらあの災害級の魔法使いエクリア様にも会えるかもしれないのになぁ」
セレナはあのエクリアに憧れているのかと知ったカリナは、微妙な表情になった。生粋のネカマである。だが可愛いもの好きなところは通じるところがあるのかもしれないとは思った。でもこの二人がコンビを組んだらきっと面倒臭いことになるとも思ってしまった。
「あー、エクリアはやめておいた方がいい。きっと後悔する」
「ええー? どういうこと?」
「言葉通りの意味だよ。……さて、時間を無駄にするわけにもいかない。先を急ごう。ヤコフの両親の安否も気になる」
一同はそうだったと思い直し、先を急ぐことにした。魔物がいなくなった通路を歩く。至る所に砂の様に灰になった魔物の亡骸が積み上がっている。その中に魔法石が光る度に、ロックが喜んで拾っていたが、無駄に時間がかかるので、エリアに注意されていた。
◆◆◆ 7層に到達したが、何の気配も感じない。カリナの探知にも何の生体反応も引っ掛からない。この層の下には地底湖が広がっているだけである。しかし、ここまで来たらそこも探索しなければなるまいと、カリナは思った。それにもし高位の悪魔なら探知に反応しないように気配を消しているのかもしれない。「さて、この下には地底湖が広がっているだけだが……。今のところ何の発見もないな」
行き詰まったアベルが溜息交じりに言う。それを聞いたヤコフの顔が暗くなる。
「お父さん、お母さん……。どこにいるんだろう」
「大丈夫よ。まだ下の地底湖があるから。そこまで行ってみましょう」
エリアがそう言ったが、ここまで来るのに多少の疲労もある。それにカリナにはこの7層にある祭壇の様になっている死者の間に用事もあった。
「とりあえず、ここで少し休憩しよう。もしかしたら下に何かがあるかもしれない。私は少し用がある。お前達はそこで休んでいてくれ」
そう言って、カリナは死者の間の祭壇へと駆けて行った。
「わかったわ、できれば早めに戻って来てね」
「ああ、すぐ戻る」
エリアにそう答えて、祭壇の階段を駆け上がる。マップを展開すると、近くにトイレが設置されている。もしもの場合のために用を足しておくかと、通路の脇に設置されている小部屋に入った。そこには和式の便器が一つだけあった。なぜファンタジー世界に和式があるのかは謎だが、用を足せるなら文句はない。この姿で和式は初めてだが、仕方ない。下着を脱いでしゃがみ込んだ。
「我慢がまんガマン……」
そう唱えながら、ちょろちょろと流れる小便が収まるのを待った。アイテムボックスからティッシュを出して拭き、何故か迷宮内にもちゃんと備えられている洗面所で手を洗った。
「ふぅ、いい加減慣れないといけないな……」
気持ちを切り替えて通路に戻り、死者の間の重い扉を開ける。
部屋の中央、祭壇の一番奥にある巨大な鏡の前に立った。果たして会えるのだろうか? この現実となっているVAOの世界の中で、現実世界の中で失った大切な人に……。
「……やはりだめなのか」
鏡は沈黙したままだ。そう諦めかけたその時、鏡面が淡く輝き始める。そしてそこにはカリナが
「え? ナギ君……、なの?」
鏡の中の女性が口を開く。懐かしい声。だが、よく見るとその女性は現実世界での記憶の姿とは少々異なっていた。赤茶色だったロングヘアは銀髪で、着ている服はまるで中世世界の王族や貴族のそれの様で華やかなものだった。
「あ、
涙が止めどなく頬を伝う。最後に会いに行ったときはもう手遅れだった。プロになって迎えに行くと言って、結局怪我で約束を果たせなかった悔しさや無念さが、後悔と共に込み上げて来る。
「何泣いてるの? ふふ、もう、本当に泣き虫なんだから。私は元気だよ。女神様に別の世界に転生させてもらったの。今はこれでも、とある王国の第二王女なんだよ」
「何だよ、それ……。まるでおとぎ話みたいじゃないか」
「そうだね……。でもゲームの世界に閉じ込められるのもおとぎ話みたいだよ」
「はは、そうかもな。……でも、別の世界でも元気そうで良かった」
「うん、ナギ君のこともその女神様は探してるみたいなことを言ってたよ。だからもしかしたら……、こっちの世界で会えるかもしれないよ。だから、もう泣かないで。私まで悲しくなってくるよ」
「そっか、俺のことも探してるのか……。だったらいつか会えるのかも知れないな。でも、元気そうで良かった。もう体調は悪くないのか?」
「ああ、そっちの世界では因果が正しく回っていないんだね。私はもう大丈夫、元気だよ。きっとナギ君がトラブルに巻き込まれるのも因果が正しく巡っていないからだと思う。って私が言えるのはこれくらいだけど、また会えるといいね」
「因果……? まあ、何のことかはわからないけど、ゲームの中に入ることだってできたんだ。いつかきっとその女神を見つけてそっちに行ってみせるよ。だから、それまで元気で」
「うん、少しの間でも話せて嬉しかったよ。そしてあの世界で私のことを大切にしてくれてありがとう。ずっと大好きだったよ。じゃあ、いつかまた会えるのを楽しみにずっと待ってるから……」
「ああ、それまで、待っててくれ。さよならだ、彩」
光が消えると同時に彼女の姿も消えた。 失った人、彩は別の異世界で元気に暮らしている。そしてその転生させた女神は自分を探している。だったら自分でもその女神を探さなくてはならない。でもどうやって探せばいいのかわからない。今の自分はゲームの世界に囚われている存在に過ぎない。
だったら、多くの任務をこなすことや人々を助けることが、この世界から抜け出すことに、あるいは女神に近づくことに繋がるかもしれない。そして暗躍する悪魔共。奴らが何かの鍵を握っている可能性もある。
カリナは涙を拭いて、パンパンと両頬を叩き、気持ちを切り替えた。
大切な人との再会は叶った。次はヤコフの両親を救い出す番だ。ふっ、と息を吐き、気合を入れ直したカリナは、エリア達が休憩している7層、地底湖への入口付近まで力強く引き返すのだった。
ザルバディオ・カルマの消滅により、再び静寂が戻ったコロシアム。だが、それは恐怖による沈黙ではない。偉大なる勝利と、平和の到来を噛みしめる安堵の静寂だった。 舞台上の瓦礫が片付けられ、表彰式の準備が整う中、実況席から一人の女性が軽やかな足取りでレオン王の下へと駆け寄った。 実況のマグダレナだ。遠目には分からなかったが、間近で見る彼女の容姿は、自ら看板娘を名乗るに相応しい華やかさを持っていた。 艶やかなエメラルドグリーンのロングヘアが背中で揺れ、その肢体はイベントを意識した大胆な衣装に包まれている。身体のラインを強調する光沢のある黒いバニースーツに、引き締まった脚線美を際立たせる網タイツ、そして黒いハイヒール。 彼女は愛嬌たっぷりの笑顔で、魔法で増幅されたマイクを差し出した。「陛下! 会場のみんなに声が届くよう、これを使って下さい!」 レオン王は目を丸くし、豪快に笑った。「おお、これは気が利かなかったな。感謝するぞ、マグダレナ」 王はマイクを受け取ると、威厳に満ちた声を会場中に響かせた。「これより! アレキサンド剣術大会、表彰式を開始する!!」 王の宣言と共に、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。舞台中央。真紅の戦装束、バトルドレスに身を包んだアリアと、泥だらけになりながらも凛と立つカリナは王の前に進み出ると、恭しく片膝をつき、その言葉を待つ。 レオン王はまず、アリアへと視線を向けた。「先ずは女神アリア殿。その凄まじい強さと、最後に見せた悪魔退治……感謝してもしきれぬ働きであった。この国を、いや、世界を救ったと言っても過言ではない」 王は近衛兵が捧げ持っていた、豪奢な装飾が施された一振りの剣を手に取る。「優勝の約束として、かつてこの国の英雄が使っていた『聖剣ジュノワーズ』を授与する。受け取られよ」 アリアは立ち上がり、その美しい剣を受け取った。だが、その表情に高ぶりはなく、あくまで涼しげだ。「私は女神として、当然のことをしただけですよ。それに、この大会に出たのも、悪に立ち向かえる力のある人間がどの程度なのかを見定めるためでしたから」 悪びれもせず言い放つアリアに、レオン王は一瞬言葉に詰まり、苦笑する。「そ、そうか……。だが、この国を救ってくれたことは紛れもない事実。深く感謝する」 王が深々と頭を下げると、アリアはに
熱狂と興奮がピークに達した決勝戦。だが、その余韻を無惨に切り裂くように、禍々しい闇が舞台を侵食した。『な……何が起こっているのでしょうか!? 決勝戦が終わった舞台に、突如として黒い影が……!』 マグダレナの悲鳴のような実況が響く。観客達もパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う者、恐怖で腰を抜かし立ち尽くす者で会場は瞬く間に混沌と化した。「悪魔だ……! 本物の悪魔が出たぞ!」「逃げろ! 魂を喰われるぞ!」 その混乱の中、解説席のレオン王が立ち上がり、声を張り上げた。『うろたえるな! 皆の者、落ち着け! まさか悪魔が直接乗り込んで来るとは……! だが、近衛騎士団、すぐに観客の避難誘導を! 決してパニックになるな!』 王の必死の呼びかけも、圧倒的な恐怖の前では力を持たない。カリナ達の貴賓席も騒然となっていた。「あれが……、災禍六公……?! エデンを襲撃した悪魔の一味よ!」 カグラが目を見開き、震える声で叫ぶ。彼女の脳裏には、カシューから聞いた情報が警鐘のごとく響いていた。エデンを襲撃した悪魔の一味。エクリアが禁呪レベルの破壊魔法で消滅させたと聞いた一体。それと同じレベルの存在が現れたのだ。 以前ガリフロンド公国で死闘を繰り広げた災禍伯メリグッシュ・ロバス。目の前の悪魔が放つプレッシャーは、その怪物に勝るとも劣らない。そんな絶望的な存在が、なぜこんな場所に現れたのか。カグラは戦慄を抑えきれなかった。「とんでもない力を感じるぞ……あの悪魔は……」 カーセルが顔を青ざめさせ、剣の柄に手をかけるが、その手は震えている。カインも歯を食いしばった。「おいおい、冗談だろ……? あんなのが幹部クラスだってのかよ……」「空気が……重い。息をするだけで肺が焼けるみたいだわ」 ユナが胸元を押さえて苦しげに呻く。テレサも怯えたように身をすくませた。「あんな禍々しい気配……初めてです……」 エリック達の席でも、同様の動揺が走っていた。「まさか、こんなところにまで単身で乗り込んでくるとはな……! 正気じゃねえ!」 エリックが脂汗を流す。隣のディードが耳を押さえてうずくまる。「嫌な音……。世界が悲鳴を上げている音がする……」 「団長……あいつ、私達とは次元が違い過ぎます……!」 テレジアも絶望的な表情で首を振った。 舞台中央。闇の中から
熱狂と興奮が飽和するコロシアム。 準決勝第二試合の衝撃的な決着から一息つき、休憩終了の鐘が高らかに鳴り響いた。 魔法マイクを握りしめたマグダレナが、震える声で告げる。『さあ、皆様! いよいよ、この大会のクライマックス! 決勝戦の幕が開きます! これまで無傷で勝ち上がって来た両者が、ついに激突します! 一体どんな戦いになるのか、私の実況では言葉が追いつかないかもしれません!』 解説席のレオン王も、深く頷きながら前を見据えた。『うむ。英雄と謎の女神……今ここアレキサンドで今、最も注目される二人の激突だ。決勝に相応しい、最高のカードと言えるだろう』 カリナ達がいる貴賓席。カリナが静かに立ち上がった。その背中を、カグラがぎゅっと抱きしめる。「カリナちゃん……気を付けてね。でも、あの余裕ぶっこいた女神の顔色、変えてきてやりなさいよ!」 「ああ。ここまで来たら、全力でぶつかるだけだ。ありがとう、カグラ」 カリナはカグラの手を握り返し、仲間達の顔を見渡した。 エリアが拳を突き上げる。「行けーっ! カリナちゃん! 私たちの分まで!」「おう! 頼んだぜ!」「カリナ嬢ちゃん、武運を」「カリナちゃん、頑張って下さい!」 ロック、アベル、セレナの声援。更にルミナスアークナイツの面々も声を張り上げる。「カリナちゃん! 僕達も全力で応援するからね!」「負けんじゃねーぞ! カリナちゃん!」「カリナちゃん、ファイト!」「頑張って下さい、カリナさん!」 カーセル、カイン、ユナ、テレサ。そしてケット・シー隊員も「隊長、応援するにゃー!」と叫んでいる。カリナは彼らに力強く手を振って応え、舞台へ足を進めた。 一方、アリアがいる貴賓席。アリアは優雅に髪をかき上げた。「ようやく決勝ですか。さて、カリナさんがどうくるのか、楽しみですねぇ」 余裕の笑みを浮かべ、彼女もまた舞台へと向かう。その様子を、エリック達が見送っていた。「……いよいよだな」「ええ。カリナさんの剣が、あの方に届くのか……見ものです」「人間離れした戦いになるでしょうね」 エリック、テレジア、ディード。彼らもまた、固唾を飲んでこの一戦を見守ろうとしていた。 二人の戦士が、まばゆい陽光の下へと現れる。『まずは、エデンが誇る特記戦力にして、ザラーの街を救った可憐な戦乙女! 召喚魔法剣士、カリナァァァーッ!
熱い興奮が渦巻くコロシアム。 準決勝第一試合の余韻が残る中、実況のマグダレナが魔法マイクを握り直し、高らかに声を張り上げた。『さあ、息つく暇もありません! 続いて行われるのは準決勝、第二試合! 決勝でカリナ選手と戦うのは、果たしてどちらの選手になるのでしょうか!』 エリック達が陣取る貴賓席。出番を控えたテレジアが、静かに愛剣の点検を終えて立ち上がった。その背中に、先ほど敗れたばかりの団長、エリックが声をかける。「テレジア、行けるか?」 「ええ、団長。……敵討ち、とはいかないかもしれませんが」 「バカが、俺のことはいい。それより……あいつは得体が知れない。気を付けろよ」 エリックの表情は真剣そのものだった。長年の勘が、対戦相手であるアリアの異常性を警告しているのだ。「ええ、分かっています。これまでも全て一撃、それも目にも止まらぬ速さで試合を決めて来た異常な存在……。心して、行ってきます」 テレジアは凛とした表情で頷き、扉を開けて舞台へと向かった。 一方、アリアが陣取る貴賓席。アリアは軽く屈伸をし、伸びをしていた。「んーっ……。さてと。今回は純粋に剣技のみでやりましょうかね」 彼女は誰に聞かせるでもなく独りごち、楽しそうに笑みを浮かべて舞台へと歩みを進める。『まずは、予選からここまで、全ての試合を一撃のもとに決着させてきた謎の美女! 自ら女神を名乗るアリア! その真紅の装備に、今度こそダメージが入ることはあるのでしょうかーっ!?』 観客の視線が一斉に注がれる中、アリアが優雅に手を振って登場する。その余裕綽々とした態度は、これから死闘に赴く戦士のそれではない。まるで庭の散歩にでも来たかのようだ。『対するは、先程のエリック選手と同じ、武大国アーシェラのAランクギルド『ドラゴンベイン・オーダー』所属! 氷の魔法剣士、テレジアァァッ!!』 対面から、一陣の涼やかな風と共にテレジアが現れる。 淡い水色のセミロングヘアが風に揺れ、氷のような青銀のライトアーマーが陽光を反射して輝く。青い膝丈のスカートと白いブーツが、彼女の可憐さと剣士としての凛々しさを引き立てていた。 その長い耳と整った顔立ちは、彼女が高貴なエルフであることを示している。腰には、細身のレイピアに近い片手剣が帯びられている。 解説席のレオン王が頷いた。『うむ。剛剣のエ
準決勝を控えた休憩時間。貴賓席は、先ほどの熱戦の余韻と、次なる戦いへの期待に満ちていた。中央のテーブルを囲むように、シルバーウイングとルミナスアークナイツの面々が集まっている。「ここからは、カリナちゃんを一生懸命応援するよ! みんな!」 敗退したばかりのエリアが、真っ先に声を上げた。その表情に暗さはなく、親友の背中を押す決意に満ちている。ロックがいつまでも食べているサンドイッチを握り拳で掲げた。「もちろんだ! がんばれよカリナちゃん! エリアの分まで頼んだぜ!」「うむ、健闘を祈る。相手は未知数の強敵だが、カリナ嬢ちゃんなら大丈夫だろう」 アベルも深く頷き、どっしりとした声でエールを送る。テレサは、どこか夢見心地な様子で頬を紅潮させていた。「はぁ……カリナちゃんの戦いに集中できるなんて……眼福です。あの流麗な魔法剣技、一瞬たりとも見逃せません」「そうだね。僕達も一生懸命応援するよ。カリナちゃんの勝利を信じてる」 カーセルが穏やかに微笑む。カインはニカっと笑い、背負った槍の柄を叩いた。「まあ、カリナちゃんが負けるところなんて想像がつかねーけどな!」「でも、油断は禁物よ。あの大剣使いも中々やり手っぽいわ」 ユナが少し真剣な顔つきで釘を刺す。テレサも頷き、言葉を継いだ。「そうですね。それでも、カリナさんが勝つところを見たいです。私達の希望ですから」「隊長が負けるわけがないのにゃ! 最強なのにゃ!」 足元でケット・シー隊員が胸を張り、ふんすと鼻を鳴らす。カリナは仲間達の温かい言葉に目を細め、力強く頷いた。「みんなありがとう。ベストを尽くすよ」 その時、カグラがそっとカリナに近づき、周囲に聞こえないよう小声で囁いた。「……相手がもし『PC』なら油断はできないわ。最初から思いっきりやってやりなさいよ、カリナちゃん」「ああ、油断はしないよ。一合打ち合えば、それだけでわかるだろうさ」 カリナは静かに闘志を研ぎ澄ませる。相手が自分と同じ領域にいる存在かもしれないという予感が、心地良い緊張感となって全身を巡っていた。 やがて、休憩終了を告げる鐘が高らかに鳴り響いた。『それでは、準決勝第一試合を開始いたします!』 マグダレナの声が会場の空気を引き締める。二人の戦士が、それぞれの貴賓席から舞台へと向かう。『まずは、エデンが誇る美少女召喚魔法剣
休憩時間。カリナ達がいる貴賓席では、和やかなティータイムが始まっていた。「次はカリナちゃんとの戦いかー。……やっとだね」 大会スタッフが用意した紅茶を一口飲み、エリアが不敵な笑みを浮かべる。その瞳は、親愛なる友に向ける優しさと、一人の剣士としての闘争心が入り混じっていた。「ああ。楽しみだな、エリア」 カリナもまた、カップを置いて微笑む。言葉数は少ないが、その瞳の奥には静かな炎が燃えている。 そんな二人を見て、カグラが胸を張った。「ふふっ、覚悟しなさいよエリアちゃん。私の妹分は強いわよー?」 「それはもちろん知ってますよ、カグラさん。ずっと間近で見て来ましたからね」 エリアはニッと白い歯を見せる。「でも、勝つ気でいきます! カリナちゃんが強いのは百も承知。だけど、私もシルバーウイングの副団長として、簡単に負けるわけにはいかないのよ!」 「おう、威勢がいいこった! まあ、一太刀入れられたら十分だと思ってるけどな!」 ロックがサンドイッチを頬張りながら茶化すと、アベルも深く頷いた。「ああ。あのカリナ嬢ちゃんだ。勝つのは至難の業だろう」 「エリア、貴方の剣技の冴えならいい勝負になると思いますが、カリナちゃんのあの冷徹なまでの先読み……あれを崩せるかどうかですね」 セレナが頬を紅潮させながら、どこか楽しげに分析する。「もうっ! アンタ達、同じギルドメンバーなのに酷いわね!」 エリアが頬を膨らませると、全員がどっと笑った。その温かい笑い声に、ルミナスアークナイツの面々も加わる。「はは……僕もカリナちゃんには手も足も出なかったけど、エリアさんには期待してるよ」 カーセルが苦笑交じりにエールを送る。「そうよエリアちゃん! カリナちゃんは強過ぎるからね。一太刀入れれば実質勝ちみたいなものよ!」 「ああ。あの反応速度と技のキレは異常だ。エリア、気合入れてけよ!」 ユナとカインも、カリナの強さを認めた上でエリアを鼓舞する。テレサは穏やかに微笑み、二人を見比べた。「でも、勝負は時の運もありますから。どちらが勝つにせよ、素晴らしい試合を期待してます」 「ありがとう、テレサの言う通りだな」 カリナとエリアは顔を見合わせ、頷き合った。 ◆◆◆ 休憩終了の鐘が鳴り響く。『さあ皆様、長らくお待たせいたしました! これより三回戦、準々決勝の第一
数日後。エデン。 その白亜の城壁が見えてくると、カリナは張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じた。上空から舞い降りたペガサスは、大きな翼を羽搏かせ、重力を感じさせない優雅な動作で城門の前に着地する。石畳に蹄が触れる乾いた音が、故郷への帰還を告げる合図だった。 カリナと隊員が背から飛び降りると、ペガサスは主人の無事を祝うように一度だけ高く嘶いた。「お帰りなさいませ、カリナ様!」 門番の衛兵達が、敬意と親しみを込めて槍を掲げる。彼らの笑顔は、ここが戦場ではなく、守るべき日常であることを思い出させてくれた。「ただいま。……お前達も、お疲れだったな」 カリナは背後を振り返り、ここまで付き
精霊の塔・最上階。 石床は砕け、空気は灼け、カリナの呼吸は荒くなっていた。剣を振るうたび、腕に重くのしかかる衝撃。魔法剣士として精霊と呼吸を合わせることができない純粋な剣技だけでは、それを振るう悪魔の膂力の前では分が悪すぎる。「くっ、はぁっ……!」 アグノス・レギウスの大剣が、横薙ぎに唸る。受け止めきれず、カリナは後退する。衝撃を殺しきれず、床に深い溝が刻まれる。一撃一撃が、確実にカリナの命を削りに来ていた。「終わりだ、召喚士カリナ。その剣では、ここまでだ」 アグノスがトドメの構えに入る。もはや回避も防御も間に合わない距離。絶望的な質量が頭上から迫る。 その瞬間―― カラ
精霊王の姿が消え、最上階に静寂が戻った。 だが、今のカリナが纏う空気は、塔に来る前のそれとは明らかに異なっていた。肌は内側から発光するように透明感を増し、その身に纏う魔力はどこまでも清浄で、かつ濃密だ。「……すごいにゃ、隊長」 物陰から恐る恐る出てきた隊員が、カリナを見上げて目を丸くした。「なんかこう、ピカピカしてるにゃ。神様みたいにゃ。近くにいるだけで身体の奥から元気が湧いてくるにゃ!」「ふふ、そうか? 自分ではあまり分からないが……確かに、身体は羽が生えたように軽いな」 カリナは自身の掌を見つめ、握りしめた。 精霊達の声が、五感を通してダイレクトに響いてくる。風の
世界樹の森を後にしたカリナは、ペガサスで休憩をはさみながら北上を続けた。 日が傾き、空が茜色から群青色へと変わる頃、眼下に霧に包まれた幻想的な街並みが見えてきた。目的の街、リシオノールだ。 街から少し離れた街道沿いにペガサスを降ろし、労いの言葉と共に送還する。そこからは隊員を連れて徒歩で南門へと向かった。 リシオノールは「霧の街」の異名を持つ。五大国の一つである陰陽国ヨルシカの和風の文化圏に近い影響を受けており、夕刻になると立ち込める白い霧の中に、瓦屋根や木造の格子戸といった和の風情を感じさせる建物が浮かび上がる。 石畳の道もしっとりと濡れ、軒先に吊るされた提灯の淡い光が、幻







